乳がん

乳がん全摘手術後の寡分割照射

乳がんの治療では一般に腫瘍のみをまたは乳腺の一部を切除してから放射線照射をおこなう乳房温存療法と乳房を全体を切除する全摘術とかがあり、両者で治療成績は変わりません。しかしより進行した乳がんの場合には全摘術が選ばれることが多く、特にリンパ節転移がある場合にはリンパ節領域も含めた術後放射線治療をおこなうべきとされています。

乳房温存療法の放射線治療の場合には25回程度の通常分割照射と15回程度で施行する寡分割照射に成績の差がないとされていますが、全摘後の放射線治療の場合も寡分割照射でも良いのでしょうか。

この中国での比較試験では、50Gyを25分割(1回2Gy、414人)の通常分割群と、43.5Gyを15分割(1回2.9Gy、406人)の寡分割群で、後者で照射中の皮膚の発赤などはやや多かったが、強い副作用や生存率に差はなかったとされています。しかしまだ中国の一つの施設での臨床試験だけなので温存療法後のように標準治療とされるまではいかないでしょう。乳がんのように予後の良い場合には特に治療法の全面的な変更には保守的になります。うまくいっている治療法は治療期間が短くなるといっても標準をすぐには変える必要はありません。ただ高齢者や何らかの理由で外来通院が困難な方には、まだ一般的な治療ではないということ十分にお話してからお勧めしても良いかもしれません。

 

Hypofractionated versus conventional fractionated postmastectomy radiotherapy for patients with high-risk breast cancer: a randomised, non-inferiority, open-label, phase 3 trial.

Lancet Oncol. 2019

小数個の転移の場合に積極的治療で生存率は改善するか?

転移があると、通常は放射線治療や手術などの強力な局所治療は行いません。何かするとしても全身化学療法をおこないますが、血液系腫瘍などを除き腫瘍を完全に消滅させることは難しく、副作用も全身に出現するため積極的な治療でなく症状を軽減する緩和療法に移行することも多々あります。
しかし、数個の転移ならば原発巣に対するのと同様に積極的な局所療法が有効かもしれません。
本研究では、緩和療法になった方において、数個の転移に対して定位放射線治療をするかしないかをくじ引きで決めて2グループに分けましたが、定位放射線治療のグループで生存期間が延長しています。転移部位によっては手術による摘出ができる場合もありますが、放射線治療は体のどこにでも施行可能で負担も少ないので転移に対して理想的な局所療法になります。標準的治療として勧めるには、今後さらに大規模な実証研究が必要で、現時点で行われている治療ではないですが、最近の免疫療法、分子標的薬などの新しい全身療法の進歩に伴い、微小な転移の増大や新たな出現を抑える可能性もあり、転移に対する治療戦略が大きく変わってくるかもしれません。
具体的には4カ国10 施設において、年齢18歳以上、期待される生存期間が6ヶ月以上、原発巣制御、少数転移(5個以内)のか試験に参加希望された方々を

1 SABR(定位放射線治療)群   66例  全ての転移に、SABR(定位放射線治療 3-8分割)を行う

2 緩和治療群  33例 標準的な緩和的放射線治療のみ

と、分けて両群とも標準的全身療法は必要に応じて行いました。このような臨床試験では途中で患者さんの考え方が変わることもあるので何人かは方針が変わってしまい、このとおりの数で治療したわけではありませんが、その場合も厳密さを求めて最初の意図の通りの振り分けで解析をします。1 SABR(定位放射線治療)群では、2の緩和治療のみの群と比較して生存期間で41ヶ月と21ヶ月と大きく改善しています。
一方、 SABR(定位放射線治療)群では治療に伴う副作用死が3件ありました。今後治療法の改善で減らすことができるかもしれませんが、一般には治療に伴う不利益もあるので実際に行う場合は利点、欠点を十分検討するべきでしょう。

Lancet 2019

Stereotactic ablative radiotherapy versus standard of care palliative treatment in patients with oligometastatic cancers (SABR-COMET): a randomised, phase 2, open-label trial.

治癒可能ながんにおいて補完医療は生存率を下げる?

補完医療、通常治療の拒否と治癒しうるがんにおける生存率

Complementary Medicine, Refusal of Conventional Cancer Therapy, and Survival Among Patients With Curable Cancers. JAMA Oncology 2018

がん患者はサプリメントや気功やその他の民間療法にも頼る気持ちが多少ともあります。心理的な面も含めて、このような通常治療に加える「治療」のプラス面はありうるかもしれませんが、その一方で本来おこなうべき標準的な治療が行われない方向に向かい、デメリットとなる可能性もあります。

この研究では米国の疾患データベースを使って、通常の治療に加えて「補完医療」を行なった場合、生存率にどのように影響するかを統計的に調査しています。

比較したのは190万人のがん患者データベースの中で258人の補完医療を選んだ患者です。こここでは通常の治療の最低1つに加えて民間医療などを選んだ方を補完医療の群としています。比較的若く、教育レベルが高く、収入もある方、女性がより選択する傾向があります。またより進行したがんの場合も補完医療が選ばれるようです。

この研究はすでにあるデータベースから調査するので、実験のように前もって計画された方法でおこなう研究と比べて様々な要素が関与し、結果に影響する可能性もありますが、他の要素の影響をなるべく排除するような統計的手法(傾向スコア解析)で補正しており、現実的に得られる結果としてはより信頼性の高いものです。その補正後の結果は、より手術、化学療法、放射線治療、ホルモン治療を拒否する場合が多く、また、5年後の生存率は低く、乳がんなどで有意差(84.8%対90.4% p=0.001)がありました。

もう少し詳しい解析をすると、補完治療を受けた方は追加の標準的な治療を拒否する傾向にあり、それが生存率の低下に関与しているものと思われました。逆に言えば、標準的な医療を拒否しなければ生存率は低下しませんが、標準的治療を拒否する傾向があるため、数字上での結果では「補完医療の使用」によって「約2倍の生存に対する危険」があることが判明しています。

ハイテクの天才であるスティーブ・ジョブズ氏、芸能人では川島なお美さんや小林麻央さんの残念ながら場合もありますが、実に多くの人がサプリメントを含めた広い意味での代替医療、補完医療を受けています。先に述べたように全てを否定するわけではありませんし、通常の医療では見放さされたと感じるが為に代替、補完医療に向かう人もいるでしょう。しかし、代替、補完医療によって受けるべき治療の機会が失われたり、さらにはより巧妙に「先端医療」の皮を被った高額な「医療」、患者の藁をもすがる気持ちにつけこんで一見合法的にオレオレ詐欺より悪質な「詐欺」行為が蔓延しており、しばしばその犠牲者を見かけることは大変残念なことです。ネットでがん関係の検索をすると健康食品や問題のある「治療」などが上の方に出てきます。これらに対して規制が若干でもされるようになったとのことですが、まだまだ十分ではありません。

早期乳がん寡分割短期照射の長期成績(START試験)

乳腺温存療法手術後の全乳房照射は再発を減らし生存率を改善するとされ、術後に標準的におこなうことが推奨されています。これまで、50Gyという線量を25回に分割して(すなわち1回2Gy)照射することが通常でした。さらに5回くらいのブースト照射という局所追加照射を行うことがあります。合計30回、週5日間照射すると6週間の平日を治療に要することになりますが、若い方も多い乳がん患者にとっては、仕事、育児などにも支障をきたします。またお年寄り、遠方の方には通院自体が大変です。

前立腺寡分割照射の記事でも書きましたが、例えば頭頸部がんや肺がんなどの成長の早いがんでは、正常組織にたいしてがん組織は放射線障害からの回復が少ないといわれています。そこで、何回も分割して照射することて正常組織では照射してから次照射までに障害の回復があります。腫瘍では回復しない(実際には回復が少ない)ため何回にもわけて照射するほど正常組織と腫瘍と回復の程度が強調されることになります。平明に説明するのは難しいのでここでは詳しくは述べませんが、この回復性(正確には回復し難さ)の度合いをアルファベータ値(α/β値)と言います。正常組織のアルファベータ値が3程度に対して、多くの腫瘍では10程度です。正常組織のほうが腫瘍よりアルファベータ値が低い場合は、分割の回数を増やすことによって障害は(腫瘍>正常組織)となって利点が大きくなります。

しかしこれまでの研究で、多くの他の腫瘍と違って、乳癌や前立腺ではアルファベータ値が正常組織より低いことがわかっています。すなわち、理論的にはむしろ分割の回数が少なくしたほうが正常組織の障害よりも腫瘍のダメージが大きいということになります。実際に培養した腫瘍細胞と正常細胞に放射線を照射し比較する実験でも、少ない回数で照射した方が相対的に腫瘍に対する効果が高く、この理論が正しいことが証明されました。

海外で行われた、実際の多数の患者さんの治療の結果でも、乳がんでは少ない回数での照射で治療成績が下がらない(すなわち再発率や生存率に差がない)ことがわかってきました。また副作用も同等かむしろ少ない可能性があるようです。

この論文では幾つかの分割法をくじ引き試験で比較していますが、特にSTART-B試験という比較研究では50Gy、25回分割法と40Gy15回分割法を比較して、少ない分割(寡分割照射)で実際にかなり良い結果です。図(Fig2)に示すように局所再発率は変わらずか、やや良いようです。

この研究は英国で行われたものですが英国ではほとんどが寡分割照射です。最近発表された米国放射線腫瘍学会のガイドラインでは温存療法後の術後照射は基本的に寡分割で行う事が推奨されています。英国のガイドラインでは全摘後照射を含めて広く寡分割で行うことが推奨されています。

東海大学では、この米国のガイドラインに従って寡分割照射をおこなっています。ブースト照射を原則としているため全部で19回になりますので、患者さんにもより優しい治療になっているといえます。

 

原文:Lancet Oncol. 2013 Oct;14(11):1086-1094..

The UK Standardisation of Breast Radiotherapy (START) trials of radiotherapy hypofractionation for treatment of early breastcancer: 10-year follow-up results of two randomised controlled trials.