転移

前立腺癌転移に対する治療

これも前の論文(肺がん転移)と似たような感じですが、転移に対する治療の意義を示した、フェーズ2のくじ引き比較試験です。前立腺癌はホルモン治療がとりあえず有効であるなど通常と違った要素があり、少しわかりにくいですが頑張って(笑)なるべく簡単に書きます。
これまで多くのがんで、転移があればその転移を直接治療する事は意味がない、という風に思われてきました。実際その通りの場合も多いのですが、少ない数の転移であれば、それも治療することで新たな転移を防ぎ、生存率を上げることができるのではないかということも考えられています。
この欧州での研究では、前立腺癌の治療あと少数の転移が出現した患者さんをくじ引きにより2つのグループに分けています。片方のグループでは転移を切除する手術または定位放射線治療を行なっています。他のグループは経過観察のみ行いました。62名の患者さんがこの研究に参加してくれました。転移に対する治療としては、定位放射線治療が25件、手術が6件でした。経過中にホルモン治療を開始したかどうかの率を図2に示しますが、転移にも治療した方が、かなり有効です(13ヶ月対21ヶ月)。ここでは生存率の代わりにホルモン治療を開始したかどうかの率を指標としています。この指標は別の研究で生存率の指標になることが示されています。なお、転移治療に伴う副作用は実質的にありません。

先にも述べたように前立腺癌の場合には転移があってもホルモン治療が非常に有効です。また一方でホルモン治療には副作用もあり、またある期間が経過すると効果がなくなる性質もあります。そこで転移が見つかっても症状がないとか、増大傾向が極端でないとかであればホルモン治療をすぐに開始する必要はないとも考えられます。そこでこのような指標を使っているわけです。
ですから、この研究手法の欠点としては本当に死亡率が改善しているかどうかが最終的にはわからないことがあります。また、なるべく厳密におこなっているはずですがホルモン治療を開始するかどうかという判断はある程度恣意的なものが入り込む可能性があります。これらは研究方法としては欠点ではありますが、結果の主旨は変わらないでしょう。逆にホルモン治療があるということで倫理的な問題を回避できていると考えられます。ただ、ちょっと引っかかるところもありますね。

期待される結果ではありますが、実際に生存率が上がるかが直接的には示されていないこと、転移に対する定位放射線治療の保険適応がかぎられていることなどからも、すぐにどこの施設でも採用する、という事にはならないでしょうが、それでも一部の患者さんにはメリットがある可能性はあります。

原文: J Clin Oncol. 2018 Feb 10;36(5).Surveillance or Metastasis-Directed Therapy for Oligometastatic Prostate Cancer Recurrence: A Prospective, Randomized, Multicenter Phase II Trial.

非小細胞肺がん転移への体幹部定位放射線治療は有効か?

転移のあるがんには一般的には化学療法が行われます。化学療法は全身への効果がありすでに原発巣(肺)から全身に広がった病変には特に有効だからです。しかし、全身療法であるため毒性(副作用)も全身に及びます。そのため限度があり、縮小しても病変が残り再増大する可能性があります。このような場合に局所療法としての放射線治療を加えることで生存率が改善するのではないかとの議論は昔からあります。局所療法としては手術もありますがこの場合は侵襲的な手術は現実的には難しく、放射線治療が向いており、米国などの一部の施設ではすでに実施されています。
この、米国医師会の雑誌(JAMA Oncology)に掲載された研究は、原発巣と5個までの転移のある非小細胞肺がんに最初に一連の化学療法を行った後、続けて繰り返して維持的に化学療法を行うまでの間に、定位放射線治療を行うか、行わないかを29人の方をくじ引きで2つのグループにわけて比較しています。結果は図2に示すように(原文から引用。英語のままです)定位放射線治療を行った方が無増悪生存率(新たな転移や再発無しでいる率)が著明に改善しています(9.7ヶ月対3.5ヶ月)。SAbRというのは定位放射線治療のことで(Stereotactic Ablative Radiotherapy)SBRTともいわれます。
ただ、この研究はフェーズ2というパイロット研究のようなもので参加した患者さんの数が少なく、より多人数でおこなうフェーズ3試験の結果を待たないと完全な医学的確証(エビデンス)となりませんが、これまではいくつかの研究ではいわれていても直接に比較した研究はなかったので大きな一歩となっています。今後肺がん以外にも拡大していくでしょう。
残念ながら、日本の現状ではこのような場合には、定位放射線治療としての健康保険の適応はありません。しかし、他の新治療より、むしろ効果、費用でも利点で、早く保険に採用されると良いと思います。

このような、「くじ引き試験」は、患者さんに対して行うわけですから、倫理に基づくことが要求されます。この研究では、途中の解析で放射線治療をおこなった方が良い、という結果が出たので29人参加の時点で倫理的な観点から研究としては中止になっています。しばらく前に高血圧の薬の臨床試験で大きな問題になったことがありますが、公正に行われなければ、医学全体に対する信頼性にも疑問がつくことになります。同じ日本人として大変残念な事件です。

原文:JAMA Oncol. 2018 Jan 11;4(1) Consolidative Radiotherapy for Limited Metastatic Non-Small-Cell Lung Cancer: A Phase 2 Randomized Clinical Trial.PubMed